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2012/08/17

ジェントリフィケーションがすすむ北加賀屋


北加賀屋では「ジェントリフィケーション」が進行している。
「ジェントリフィケーションとは、もともと衰退した街に、①新しい産業部門に従事する人、新しい職種に関わるなど、新しいワークスタイル、ライフスタイルをもつ、②年齢的には若い人たち、が魅力を感じて居住・就業を始めることによって、地域が活性化することをいう」のだけど、近年の北加賀屋の動きはまさにこの「ジェントリフィケーション」という言葉で説明できる気がしてならない。

北加賀屋とは大阪市住之江区にある地域で、かつては造船所や家具工場が立ち並び、日本の高度成長を支えた工業都市として賑わいがあったよう。
でも、90年前後には産業構造の転換や景気の悪化などの理由から、企業の倒産・撤退が相次ぎ、空き家や空き店舗、空地が目立つようになり始め、地域は少しずつ元気をなくしていったという。

2004年。
アートプロデューサーの小原啓渡さんが名村造船所跡地を「可能性が詰まった宝島」と感じたことが北加賀屋の転機となった。
名村造船所跡地には4万㎡にも及ぶ広大な敷地に立巨大なドッグや倉庫が立ち並ぶ。
小原さんは「ここをアート実験場にしたい」と土地保有会社である千島土地さんに提案し、了承・協力を得る。
そうしてできたのが、現在の「クリエイティブセンター大阪(CCO)」というわけである。
旧工場は音響・照明などの機材がそろう本格的な音楽スタジオ「STUDIO PARTITA」に。
旧事務所棟内は創造スペース「BLACK CHAMBER」に。
他にも工房や簡易宿泊所、水上ステージなどがリノベーションを通じて生み出されている。

ライブやイベントなどをはじめとした芸術文化の発信地として活用されているCCO
2010年からは「DESIGNEAST」の会場としても使われている。
これは「世界の”EAST(東)に位置する大阪。この街を"国際水準のデザイン/思考の発信場"とすることで、『大阪』という都市の新たな可能性を見いだす試み」として開催されているイベント。
2009年はプレイベントとして「DESIGNEAST00」が中之島BANKSで開催されたのだが、2010年からは場所をCCOに移し実施されている。
毎年テーマが設けられており、2010年は「ソーシャル・サスティナビリティ」、2011年は「周辺と中心」、2012年の開催(2012915日〜17日)も決まっており、今年は「状況と対話」をテーマに実施される。
恒例となったこのイベントであるが、毎年多くの創造産業に従事するゲストや参加者で大きな盛り上がりをみせている。

また、2008年にはCCOが北加賀屋の旧ビジネス旅館をリノベーションし、アーティスト・イン・レジデンス施設「AIR大阪」を開設し、これを皮切りに、2009年からは北加賀屋エリアを「創造性あふれる魅力的なまちに変えていく試み」として「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」を提唱。
北加賀屋エリアに「クリエイティブ・クラス」が集うような取り組みを進め、国内外に情報を発信していくことで、「北加賀屋エリアの文化や魅力が向上するよう」、まちづくりを進めていこうというものだ。
こうした動きもあってか、2009年には“もうひとつの社会を実践するための恊働スタジオ”として「コーポ北加賀屋」がオープン。
かつて家具工場だった場所をリノベーションし、アート、オルタナティブ・メディア、アーカイブ、建築、地域研究、サークル、NPOなど、様々な業種・業態の創造産業に従事する人たちが入居し、活用している。
2010年にはNPO法人「Co.to.hana」さんが北加賀屋駅にほど近い場所で活動を開始し、デザインの力によって社会的課題や地域が抱える課題の解決を目指して、団体や企業、行政とともに業務を行っているという。

最近の動きとしては「北加賀屋クリエイティブファーム」というプロジェクトがある。
このプロジェクトは単に土地を個人で分割して活用するといった「共同農園」というわけではなく、複数の参加者がチームを組んで、チーム単位で農園を活用していく「恊働農園」ともいうべき手法で運営されている。
チームでミーティングを開きながら、管理・運営方法などを検討しながら進めていくので、野菜作りを楽しめるだけでなく、世代や所属を超えたコミュニティの形成が期待でき、更にはプロによる指導も受けられるという。
現在の農園は1カ所だけど、運営側には、今後、農園の数を増やしていこうとの考えがあるようだ。

これまでざっと北加賀屋の動向について概観してきたけど、今、北加賀屋は「クリエイティブ・クラス」を集めていると言ってもいいんじゃないだろうか。
「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」もあり、「北加賀屋クリエイティブファーム」も動き出しているし、「DESIGNEAST」の注目度も年々上がっている気がするし。
これから北加賀屋の「ジェントリフィケーション」はますます加速するかもしれない。
北加賀屋に「クリエイティブ・クラス」が流入していくことで、北加賀屋のまちがどう変わるのか。
いくらハードを整備しても、政策を作っても、結局まちを変えるのは人だったりするからね。
「ジェントリフィケーション」を「クリエイティブ・クラスによる都市再生のプロセス」と分析する学者もいるし、これからの北加賀屋の動向が気になるところ。

2012/07/08

天の川の中心で愛を叫んみてはどうですか?


77日には毎年、全国各地で七夕にちなんだイベントが実施されますが、七夕発祥の地である枚方、交野でももちろん行われました。枚方市と交野市、そして両市を流れ天野川と並走する路線(交野線)をもつ京阪電車の3者が連携し、イベントを実施したようです。「織姫☆彦星 七夕の出会いイベント」と題されたこの企画は、「ひこぼしくん」が枚方市駅から(「ひこぼしくん」「おりひめちゃん」がデザインされた)ラッピング電車に乗って、「おりひめちゃん」が待つ私市駅まで会いに行くというもの。私市駅では他の人気の「ゆるキャラ」たち(枚方文化観光協会の「くらわんこ」「にらにゃん」やゆるキャラグランプリの「くまモン」もいたようです!)が2人の出会いを祝福したそうです。枚方市、交野市、京阪電車の3者は今後も、『七夕伝説 出会いのまち』としての地域活性化に向けて連携し、魅力を創造、発信していくとのこと。

その他、交野市では毎年、7/67の二日間、織姫を機物神社で「七夕祭り」が行われ、大きな盛り上がりをみせていますし、枚方市では七夕関連イベントとして、地元産の農作物などが並ぶ街中市「七夕マルシェ」や350×350の街コン「七夕ひらコン」、「七夕キャンドルの夕べ」といったキャンドルイベントも実施されたようです。

ですが、どれもいまいちパッとしないという印象。というのも、どのイベントも“七夕発祥の地”ということを無理矢理ねじ込んだ感があって、「それ、七夕関係なくね?」と思ってしまうから。機物神社の「七夕祭り」はいいにしても、マルシェにしても街コンにしてもキャンドルナイトにしても、どこの地域でも、七夕じゃなくてもやってますよね。なんか、もっと七夕のストーリーを活かしたイベントはないものでしょうか?

そんなことを思っていたら、別の地域でやっていました。七夕とマッチするようなイベントを。

群馬県吾妻(あがつま)嬬恋(つまごい)村。「日本一のキャベツの産地」として名を馳せるこの村はこれといった観光資源がないという課題を抱えていました。そこで注目したのが「嬬恋村」という村名。この村名は「日本武尊(やまとたけるのみこと)碓日坂(うすひのさか)(今の鳥居峠)にお立ちになって、亡き妻弟橘姫(おとたちばなひめ)を追慕のあまり『あづまはや(我が妻よ)』とおなげきになって妻をいとしまれたという故事にちなんで名づけられた」という何とも素敵な由来があるそうです。この由来を観光資源として活用しようと始まったのが「キャベチュー」こと「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ」というイベント。元ネタは当然『世界の中心で愛を叫ぶ』です。「夫婦環境倦怠感削減実験プログラム」として、普段はミエとテレとタテマエとセケンテーを気にして妻や恋人に対して愛情をひた隠している男たちが、それらを手放し、愛を叫ぶ!というもの。
そしてこの愛を叫ぶイベントは全国各地に波及しつつあるそうです。夫婦岩のある三重県伊勢市では「『夫婦の街』の中心で愛を叫ぶ」(メオチュー)が、鳥取県鳥取市では「砂丘の中心で愛を叫ぶ」(サキュチュー)というように、「××チュー」は拡がりをみせています。
※詳しくは「日本どこでもチュー連合


七夕伝説発祥の地である枚方、交野。どうせやるなら七夕伝説に関係ないイベントをするよりこんなイベントをすればいいのに。織姫と彦星は会えなくて「催涙雨」を降らすくらいに愛のある夫婦なんだから、マルシェや街コンなんかよりこっちの方がずっと七夕にマッチしてる。「天の川の中心で愛を叫ぶ」(アマチュー)でどうですか?

 愛を叫びたい愛妻家の方は日本愛妻家協会をチェックしてみて下さい。

七夕伝説発祥の地


織姫と彦星は新婚生活をエンジョイするあまり、仕事をさぼりがちに。そのことに怒り狂った天帝は2人を天の川を隔てて引き離しました。でも、2人があまりにも悲しそうにするので、天帝は「1年に1度、77日の夜にだけ」という条件で、2人が会うことを許しました。すると、2人は相手に会える77日を楽しみに、毎日仕事に励みましたとさ。めでたし、めでたし。

というのが七夕伝説ですね。日本人であれば、誰もが耳にしたことがある話だと思います。ちなみに、この日(77日)に降る雨のことを「催涙雨」といいます。77日にだけ会うことを許された織姫と彦星ですが、この日に雨が降ると、天の川の水かさが増して川を渡れず、2人は会うことが出来ません。というわけで、この日に降る雨は、織姫と彦星が相手に会えない悲しさのあまりに流す涙だとされ、「催涙雨」と呼ばれるそうです。

この七夕伝説、日本における発祥の地をご存知でしょうか?実は大阪の枚方(ひらかた)と交野(かたの)辺りだと言われています。七夕祭りで有名な仙台ではないんです。ご存知でしたか?
大阪府の北東部に位置する現在の枚方市と交野市一帯は、平安時代頃には「交野が原」と呼ばれており、日本における七夕発祥の地と伝えられているのです。両市には「天野川」が流れ、「かささぎ橋」「逢合橋」といった七夕伝説由来の橋がかかっています。

5月末、枚方市産業振興キャラクターとして「ひこぼしくん」が発表されました。お隣の交野市には交野市産業PRキャラクター「おりひめちゃん」(こちらは20104月から活動開始)がいるんですが、ゆるキャラとして行政区分を超えて“ペア”となっているのは全国でも珍しいんじゃないでしょうか?伝説では年に1回しか会えない織姫と彦星ですが、「おりひめちゃん」と「ひこぼしくん」はどうなのでしょう?気になるところです。

「ひこぼしくん」と「おりひめちゃん」

2012/06/17

人を好きになった時に取るべき最善の方法


金城一紀の短篇集『映画篇』の中に好きな一節がある。

「君が人を好きになった時に取るべき最善の方法は、その人のことをきちんと知ろうと目を凝らし、耳をすますことだ。そうすると、君はその人が自分の思っていたよりも単純ではないことに気づく。極端なことを言えば、君はその人のことを実は何も知っていなかったのを思い知る。そこに至って、普段は軽く受け流していた言動でも、きちんと意味を考えざるを得なくなる。この人が本当に言いたいことはなんだろう?この人はなんでこんな考え方をするんだろう?ってね。難しくても決して投げ出さずにそれらの答えを出し続ける限り、君は次々に新しい問いを発するその人から目がはなせなくなっていって、前よりもどんどん好きになっていく。と同時に、君は多くのものを与えられている。たとえ、必死で出したすべての答えが間違っていたとしてもね」

この一節は、「さとなお」こと佐藤尚之さんのベストセラー『明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法』(アスキー新書)の中で紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれない。
ただ、自慢ではないが、僕はそれより以前、この本が発売された頃からこの箇所が好きで、繰り返し繰り返し、何度も読んでいた。
というのも、当時、金城一紀がめちゃくちゃ好きだったのだ。
チ◯ポでモノゴトを考えるようなバカでまっすぐなオチコボレ男子高校生の日常を描いた「ゾンビーズシリーズ」にはまったのがきっかけで、金城一紀の本が発売されると知れば、発売日を指折り数えるくらいに好きだった。
『映画篇』もそうで、発売されるやいなや、書店へ駆けつけ買ったのを覚えている。
ただ、『映画篇』は今僕の手元にはない。
誰かに貸したまま行方不明。
要するに「借りパク」されたのだ。
今でももちろん返してほしいのだけど、誰に貸したのかも覚えておらず、すごく残念なのだけど

話が脱線したけど、『映画篇』に出てくるこの教えを、僕はすごく大事にしている。
好きな人(それは恋愛対象として好きといったような狭い意味ではなくて、尊敬できる人とか一緒にいて楽しい人とか、何だか分からないけど気になる人とかも含めた広義においての好きな人で、もちろん性別は関係ない)ができると、目を凝らそう!耳をすまそう!とその人のことを知ろうとする。
でも本当に言葉通りで、そうやって相手のことを知ろうとしても全然わかんないことだらけで、意味不明なことが山ほどでてくる。
そしたらこれまた言葉通りに、目がはなせなくなって、気がつけば相手のことをどんどん好きになっている自分に気づくのです。
知識とか視点とか感情とか、本当に多くのものを与えられているということにもね。

でも、そうやって相手が何気なくなげかけてくる難問に必死になって答えていても、少し目を離したり、耳を塞いだりすると、とたんに相手のことが分からなくなることもある。
もともとの回答が間違っているということももちろんあるけど、たとえその時は正解だった回答が次の瞬間には不正解になっていることだってあるから。
数学の解答みたいに、答えが一つってことはないからね。
人は変わるし、それに伴って、同じ問いでも、答えは変わる。

上の一節を述べた登場人物は続けてこんな言葉を口にする。

「まあ、人であれ映画であれなんであれ、知った気分になって接した瞬間に相手は新しい顔を見せてくれなくなるし、君の停滞も始まるんだよ」

この間、好きな人のちょっとした変化に気づけず、その人が離れていってしまうという体験をした。
あの教えを大事にしていたつもりだったけど、「知った気分」になっていたのかもしれない。
『映画篇』が返ってこないのとは比べものにならないくらいに残念だ。

人は変わるし、答えも変わる。
だから、もしかしたら「目を凝らして、耳をすます」だけでは足りないのかもしれない。
解像度を上げ、絶えずチューニングをする必要があるように思う。
解像度を上げないと見えないこともあるだろうし、チユーニングしないと聞こえないこともあるだろうし。

「信頼」というのは、相手のことをすっきりとピントが合った状態で見えており、なおかつ、相手の小さい声もひろえているから出来ること。
深いところでお互いのことを理解し合える(暗黙知を共有できている)からこそ「信頼」できるし、「阿吽の呼吸」のようにぴったり息が合うのだと思う。

見えているようで見えていない。
聞こえているようで聞こえていない。
世の中にはそんなことがあまりにも多い。
せめて好きな人たちのことはちゃんと見たいし、声を聞きたいから、この教えをこれからはこれまで以上に丁寧に守っていきたいと思う。

マイナスドライバーの先端


「物」は分けると減るけど、「感動」は分けても減らない。
むしろ、その総量(感動が量で計れるものかどうかは置いておいて)は増える。
スポーツイベントやライブパフォーマンスを観た観衆の熱狂ぶりが良い例。
大勢に「感動」が共有されることで気分が高揚し、その場の昂った雰囲気に浸ることで更なる興奮が体感できる。
たとえ同じイベントやライブであっても、テレビ中継やDVDで観た場合にはそのような感動や興奮は決して得られるものではない。
そのようなことが「視点」にも言える気がする。
つまり、「視点」も複数で分けることで、増えるんじゃないかと。

「視点」は人それぞれのもの。
高さもが違えば、見方も違う。
解像度も人によって変わってくる。
でも、会話でも、メールのやり取りでも、ワークショップでも、読書でも、やり方は何でもいいんだけど、自分と異なる「視点」の持ち主と“対話”することで、(一時的ではあるにせよ)その人のまなざしでモノゴトを見ることができる。
同時に、相手にもこちらの「視点」でモノゴトを見てもらうことができる。
自分の「視点」に加えて相手の「視点」でモノゴトが見れるのだから、“対話”は人を複眼的にさせると思うのだ。

たとえば、マイナスドライバーの先端。
この形状、あなたには□に見えるかもしれない。
でも、ある人には△に見え、またある人には◯に見えているかもしれない。
真横から見れば、□に。90度、角度を変えれば、△に。そして真上から見れば、◯に。
マイナスドライバーの先端みたいに、「視点」が変われば、見え方が変わってくるなんてことはよくあること。
しかも、現実はマイナスドライバーの先端よりも複雑な形状の場合がほとんどだしね。

複眼的にモノゴトを見れるということは、目の数だけ違った世界が見れるということ。
見たこともないような色や、形。
知らない音や温度を感じることもできるかもしれない。
オリジナルの「視点」とは別の「視点」を持てるということは、それだけですごく豊かな体験なんだと思う。
だから、僕は“対話”を大事にしたい。

2012/05/15

待ち合わせ


 先日、『It’s My Times』というドトールが発行しているコーヒーカルチャーマガジンを手に取った。
僕は今回が初めて知ったのだが、全国のドトール店頭で配布されており、すでにvol.7まで発行されているらしいのでご存知の方も多いかもしれない。
このフリーペーパーには「It’s My Story」というコーナーがあり、毎回、クリエイティブな人たちがコラムを書いている(らしい)。
僕が手に取ったvol.7では、コピーライターの山本高史さんがこのコーナーを担当しており、「A man @ cafe」という題のコラムを書いていた。
内容は、「待ち合わせ」の今昔物語。
簡単に言えば、ケータイ普及以前と以後では「待ち合わせ」のスタイルが大きく変わったよねーというお話。

「渋谷あたりで午後3時頃ね」

これが今の待ち合わせのスタンダードなスタイル。

「渋谷のハチ公の背中側で午後3時15分」

こっちが昔の待ち合わせのスタンダードなスタイル。

 ケータイが普及した今となってはそんな必要はないんだけど、昔は場所も時間も事前に決めておく必要があったみたい。
それも「ハチ公の正面じゃなくて背中側だからね!」といった具合に、日時だけではなく場所も事細かに設定しておかなければならなかったという。
理由は簡単で、そこまで決めておかないと、「出会えない」なんてことにもなりかねないから。
そういったリスクを回避するためにも、昔は「待ち合わせの打ち合わせ」を綿密に行うことに大きな意味があったらしい。

 それに何らかの事情で待ち合わせに遅れそうな状況であっても、相手にそのことを伝えることが難しいからさあ大変。
だから、「デートで相手を5分待たそうものなら、気のきいた言い訳のひとつも用意しなきゃならない。15分待たそうものなら、待たせた時間と同じくらいの時間をかけて彼女の機嫌を取らなきゃならない。30分待たそうものなら、彼女はもういないのかもしれない。待たされる側にしてみても、5分ならいつもそうなのねと小言のひとつも言いたくなり、15分なら今日はおいしいものをごちそうしてもらってもいいかもね、であり、30分になればあの人に何かあったんじゃないかとイヤに胸がざわざわざわめ」いたのだとか。

 相手にそんな思いをさせないように、「待ち合わせの打ち合わせ」で約束した通り、待ち合わせの時間に待ち合わせの場所に着けるように、彼/彼女たちはその時間、その場所を目指して急いだという。
なんだかそれだけでトレンディドラマみたい。

 更に困ったことに「待ち合わせの打ち合わせ」での決定事項は、簡単には当日変更できない。
だから、「電話を取り次いでくれる喫茶店で待ち合わせをして万が一に備える」用意周到な人もいたというから驚くしかない。

 ケータイが普及してからというもの、この待ち合わせのスタイルは一変。
「昔はよかった」おじさんである山本氏はこの変化をこのように嘆いていらっしゃる。

「ベンリは人のココロの動きを鈍らせる。正しい待ち合わせの時代(ケータイ普及以前)ならば、人は知恵で、不便や、不自由や、不寛容の穴を埋めようとした。ところが、必要にして十分すぎるベンリは、思いやりという創造力の入り込む隙間さえも埋めてしまったようだ」

おじさんの言うことも分かる気がする。
ケータイがなかった時代は「待ち合わせ」ひとつとっても、今よりも心が動いていたに違いないもの。
「時間と場所は間違ってないかな?」
「ちゃんと会えるかな?」
ケータイを使って簡単に連絡を取り合うことができないと、そんな不安で胸がいっぱいになるってこともあっただろうし。
(今では連絡がつかないと相手を不安がらせるというよりは、苛立たせることになりかねない)
「渋谷あたりで午後3時頃ね」
なんて曖昧な約束であっても、ケータイを使えば「会えない」なんてことはまずないのだから、出会えたときの胸の高鳴りも昔に比べていくらか軽減されたのかもしれないし。
ケータイ一つでいつでもどこでも離れていても、相手がどこにいて何をしているかが分かるから「ベンリが人のココロの動きを鈍らせる」って側面があるのも理解できる。
それに「知恵」を働かせるまでもなく、ケータイをはじめとした情報通信技術の恩恵を受ければ、かつての「不便や、不自由や、不寛容の穴」だとされていたものを埋められることが多くなったのも事実だろう。
「思いやりという創造力の入り込む隙間」も完全ではないにしろ、少しは埋めてしまったってこともまた事実だと思う。

 この間、ケータイを修理に出している人と待ち合わせをする機会がありました。
その人はどういうわけか代替機も持っていなかったので、昔ながらのやり方で僕たちは待ち合わせをしたのです。
だからセオリー通り、事前の「待ち合わせの打ち合わせ」は入念にする必要がありました。
その時は、その人が乗っているはずの電車に別の駅から僕が乗り合わせるというシチュエーションだったので、僕たちは「◯◯日の△△時発の電車の××両目で落ち合いましょう!」と、こんな具合に待ち合わせをしました。
当日は当然、連絡が取れないわけです。
「時間と場所は間違ってないかな?」
「ちゃんと会えるかな?」
まさしくそんな不安で胸がいっぱいになったわけです。
最後にこんなに胸がざわついたのはいつだったか分かりません。
とにかくそわそわそわそわ。
いつになく落ち着くことができませんでした。
そんな不安を抱えて駅のホームに佇む僕の目がその人を電車のドア越しに捉えたときの胸の高鳴りたるや、)生き別れた兄弟が運命の再会を果たしたときの半分くらいのものだったと想像します。
情報通信技術は目を見張る進歩をしてきたけど、人の心は昔も今も進歩がないみたい。
ベンリで僕のココロは動きを鈍らせられていたのだなあ。
そんなことを思いましたとさ。

2012/05/14

自立しなきゃダメですか?


【自立】他の援助や支援を受けず自分の力で身を立てること。ひとりだち。

 「自立」の意味を広辞苑はこう説明しています。
 あなたはこの「自立」という言葉から、どんなことを感じますか?立派なことだと感じる人もいれば、強さを感じる人もいるかもしれません。でも僕は、「自立」という言葉から孤独感や孤立感を感じます。
 「他の援助や支援を受けず自分の力で身を立てること」ってことは「無縁(援)」を意味しているんじゃないかと思うからです。日本だけでなく、世界の国々に「自立することはいいことだ」という価値観があるように思いますが、「自立」するのはそんなにいいことなのでしょうか?
 日本では孤独死が社会問題となっていますし、アメリカでは一人ぼっちでボーリングを楽しむ人が増えていると聞きます。「自立することはいいことだ」という価値観で生きてきた結果が、「孤独死」や「ボーリング・アローン」であるとすれば、それは何だか悲しい結末な気がしてなりません。
 でも考えてみれば、広辞苑的意味で「自立」している人って、世界中探してもマイノリティーな気もしないでもありません。いくら経済的に豊かであっても貧しかったとしても、社会のセーフティネットからこぼれ落ちた人であっても、お金を媒介させて「他の援助や支援を受け」ている場合が多いはず。つまり、サービスを買ったり(買われたり)、人を雇ったり(雇われたり)、あるいは国が社会保証を提供(享受)したりしているわけだから。
 このほかにも社会関係を媒介させて「他の援助や支援を受け」ている場合もあるでしょう。社会学の用語で言えば「ソーシャル・キャピタル」、つまり、人と人とのつながり(関係性)を活用して、「他の援助や支援を受け」ている場合も少なくないはずですから。
 「自立」することを全面的に否定しているわけではありませんが、「他の援助や支援を受け」てもいいんじゃないかと思うわけです。「自立することはよいことだ」という価値観は、「人に甘えることは悪いことだ」と言い換えられると思うんですが、甘える対象が人ではなく、金であるのなら話は別ですが、人である分には問題ないんじゃないでしょうか?
 そもそも、甘えの対象(人)になるのは近しい人の場合がほとんどだと思います。公共空間で見ず知らずの人に配慮していただくこともあるにはありますが、割合にすればごく小さい。だって、甘えるということは、多くの場合、面倒で厄介なことを相手にお願いするわけだから。親とか、友だち(それも親友と呼べるような)とか、恋人や先輩、後輩とか。距離が近い人でないと、甘えが迷惑になりかねないから。
 こうして考えてみると、甘えるという行為は、両者(「甘える人」と「甘えられる人」)の親密な関係性を前提にしていることが分かります。「甘える人」は相手が近い存在だからこそ甘えることが出来るのだし、「甘えられる人」は甘えてくる人が近い存在だから甘えることを許すわけだし。
 甘えられる。(「可能」と「受動」、双方の意味に置いて)この状況はすごく幸せなことなのかもしれません。それだけのソーシャル・キャピタル(社会関係資本)があるということですから。甘えることを相手が許してくれるのであれば、甘えればいいと思うんですが...
 それでも自立しなきゃダメですか?