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2013/06/20

学校の孤独死


人口減少、低成長のこのご時世に増え続けている学校がある。
それが何だかご存知だろうか?
だいたい予想はつくとは思うけど、答えは廃校。
少子化による学生数の減少や市町村合併の影響がこうした状況を生み出していると言われている。
では、廃校はどれほど増えているのだろうか?
文部科学省では1992年から廃校に関する調査を実施しているのだけれど、この調査結果によれば、1992年から2011年の20年間で廃校となった数は6,834校にものぼるそうだ。
1992年から1999年頃までは年間廃校数は200前後で推移していたのが、2000年からは増加傾向が顕著になり、近年では年によってばらつきがあるものの、毎年400500以上もの学校が廃校となっている。

ここで気になるのは増え続ける廃校のその後。
学校はその性格上、ハードとしてのスペックはすごく高い。
だって、教育のためにあらゆることができるような仕様になっているから。
皆さん義務教育を受けてこられてきているわけだから説明も不要だとは思うけど、教室と一口に言ったって、ノーマルの教室のみならずスペシャルティを持った教室もいろいろあるし、グランウドやプールもある。
そんなわけで、廃校の活用には個人的には夢がある。

たとえばこんな活用の仕方はどうだろう。

ノーマルの教室をオフィスや店舗、それからギャラリー。
保育園や介護施設などといった福祉施設。
ゲストハウスなど、宿泊機能を持たせるのも良いかもしれない。
スペシャルティのある場所はその機能を引き継ぐ感じに
音楽室をライブハウスやクラブに。
美術室をアトリエに。
調理室をレストランに。
理科室をシアターに。
PC室をネットカフェに。
保健室をクリニックに。
グラウンドを農園に。
体育館をジムに。
図書館とプールはそのままでも十分使える。

たとえばの話ではあるけど、こうした使い方が実現できれば、異世代間のコミュニケーションも促進されるし、地域のコミュニティデザインに貢献できるんじゃないだろうか。
その結果として、地域が活性化されることにもなるかもしれないし、地域のイメージアップにもつながるはず。

でも実際のところ、学校のリノベーションには少なからず阻害要因があるようだ。
これまでにいくつか学校のリノベーションを手がけてこられている東京R不動産の馬場正尊さんが、著書『都市をリノベーションする』(NTT出版)でその阻害要因について語っている。

馬場さんが手がけられた東京都世田谷区の旧池尻中学校のリノベーションは、今でこそ「世田谷ものづくり学校/IDDIkejiri Institute of Design」として生まれ変わり、廃校利用の成功事例のひとつとして知られているけど、その時もプロジェクトを進めることは簡単ではなかったそうだ。
馬場さんは学校であれば仕事の合間に体育館やプールで運動ができる夢のようなワークスタイルが実現できると、中学校をシェアオフィスとして再生しようと提案したが、行政に「プールと体育館は使えません」と最初に釘をさされたそうだ。
行政の対応はこんな感じ。
「それは自治体の公債でつくられ、その償却期間が終わっていないので、他の機能には使用することができない」

納得のいかない馬場さんがくいさがっても「そういう決まりだから」の一点張りだったとか。
規則に縛られて用途変更を認めない行政のフレキシビリティのなさ。
辟易するしかないこうした「行政の体質」を馬場さんは第1の阻害要因として挙げている。

東京都世田谷区の旧今川中学校のリノベーションの際に直面したのは「卒業生の問題」だ。
これが第2の阻害要因。
この問題はどういうことかと言うと、母校に愛着と誇りを持つ卒業生たちのコンセンサスをとるのが非常に難しいということ。
「卒業生への断りもなく、勝手に知らない地域の若者が、理解できない目的で、あやしい使い方をするのは断じてならん」
といった感じで、卒業生たちが学校のリノベーション案をことごとく却下してくるのだとか。
伝統があり歴史のある学校ほど、卒業生に地域の実力者や社会的な地位が高くなっているような人も多いのでこうした傾向は強いのかもしれない。
旧今川中学校は神田駅すぐという好立地。
ここでカフェやシェアオフィスなどができれば、人の流れが変わり、同時に地域にもポジティブな変化をもたらせそうな気もするが、卒業生のコンセンサスが得られず、現在そこは地域住民がスポーツするためだけの施設となっているそうだ。
これじゃあ、地域の新陳代謝は期待できない。

馬場さんが挙げている最後の阻害要因は、行政の「市民の公平性」への過度な配慮だ。
「学校は公共建築であるがゆえに市民への開放や公平性を担保しなければならない」という意識が、行政にはどうしても働く。
旧池尻中学校(現「世田谷ものづくり学校/IDDIkejiri Institute of Design)」)の場合、「ある民間企業が一棟丸ごと借り上げてそれをサブリース(小分けにして又貸し)するという事業モデルになっている」そうだが、当初、行政は「公共財を単体の民間企業に預けてしまっていいのであろうか? そしていったいそれをいくらで、何年貸せばいいのか?」ということに関して、その基準設定に苦心したそうだ。
世田谷の場合、プロジェクト進行中にちょうど区長選があり、廃校再生を公約に掲げた区長が当選したこともあって、まさに「神風が吹いた」がごとく、プロジェクトが進んだそうだが、日本各地で地域や行政との意見調整ができず、廃校の活用が進まないという事態が多く起こっていると言う。
そしてそうした事態はポテンシャルの高い廃校(立地条件や耐久性、設備の充実度、広さなど。まあ要するに“良い物件”)ほど起こりやすいのだとか。

「学校のリノベーションの入り口に立っただけでもこれだけの阻害要因にぶつかる。それをすべて回避しようとすると、結局エッジが丸められた、中途半端で誰も幸せにならない施設になってしまう。学校リノベーションに取り組んだ瞬間に顕在化してきたこれらの諸問題。これをひとつひとつクリアしていかないことには本格的な学校のリノベーションは難しい」
馬場さんは哀しみを込めて語る。

これまで学校のリノベーションの難しさについて見てきたけど、その困難を乗り越え、廃校が活用されている事例も数多く蓄積されてきている。
先述のIDDもそうだし、京都国立マンガミュージアム(元・龍池小学校)や北野工房のまち(元・北野小学校)、アーツ千代田3331(元・練馬中学校)など全国的な知名度を獲得し、廃校活用のグッドプラクティスとして評価されているような事例もある。
最近では1993年に廃校となった元・立誠小学校(京都市)の活用事例(20134月末、元・立誠小学校が「最初の映画」であるとされるシネマトグラフが日本で初めて投影された「日本映画原点の地」ということにちなんで、「立誠・シネマ・プロジェクト」が始動された)がマスコミでも大きく報じられたりもしたし、近所の廃校が活用されている様子を実際に見たり、聞いたりしたことのある人もきっと多いはず。

文部科学省は、廃校の活用を推進したり、活用事例を紹介することを目的に「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」というものをスタートさせ、廃校活用のアイデアを蓄積していくような取り組みを行っている。
ページはインフォグラフィックなどが取り入れられているわけもなく、見にくく、読みにくいのだけれど、廃校に関する統計データや、事例集、廃校活用に利用できる補助制度など、廃校活用に関する様々な情報が集約されているので、関心がある人は見てみて損はないと思う。

冒頭で書いた、廃校数の変遷もここから取ってきたもの。
活用事例は、①オフィス・工場など②児童・高齢者などのための福祉施設③アート想像拠点などの文化施設④体験学習施設・宿泊施設など⑤大学・専門学校などの教育施設⑥特産品販売・描こう施設など、の6つのカテゴリー別にリンク集が作られている。
また「廃校施設の実態及び有効活用状況等調査研究委員会」が2003年に選定した「廃校リニューアル50選」というものも紹介されている。
この10年で状況は大きく変わっているので、もっと先進的な活用事例を選定しなおしてもよさそうなものだが、予算がないのか、時間がないのか、廃校を未来につなぐ気がないのか、やらない理由は不明だし、参考にする価値の低下はいなめないのだけれど

廃校の数に対して、ここのページに納められている事例は圧倒的に数が少ないし、事例としてもグッドプラクティスかどうか怪しく、馬場さんが危惧していたような「エッジが丸められた、中途半端で誰も幸せにならない施設」じゃないかと思えて仕方のない事例も多数含まれている。
やはり廃校利用はハードルが高いのかもしれない。
廃校は増加の一途をたどるし、それにリノベーションにも阻害要因が存在する。
事例を紹介したり、廃校活用に利用できる補助制度を整備したり、手続きの簡素化・弾力化などは行われたりするものの、それだけでは、なかなか「廃校をどうするか?」問題の解決ははかれない。
データもそのことを示唆している。

「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」のページ内に、「活用用途募集廃校施設等一覧(平成25531日)」というものがあるのだけど、ここには全国の活用予定のない149もの廃校がリストアップされている。
によれば、現存する廃校施設数4,222校のうち、「何らかの活用が図られているもの」は2,963校(70.2%)にとどまり、「現在活用が図られていないもの」は1,259校(29.8%)もあるそうだ。
そして、「現在活用が図られていないもの」で、「建物利用の予定有り」は259校(6.1%)に対して、「建物利用の予定無し」は1,000校(23.7%)にものぼる。
建物利用の予定がない理由として代表的なものは、「活用を検討しているものの地域等からの要望がない」が44.0%で、「活用方法がわからない」が12.8%だそうだ。

“学校の孤独死”とも言えるこうした事態に対して有効な手立てはないのだろうか。
「消費者ニーズの掘り起こし」ということはマーケティングの分野ではよくなされる話題だし、世の中の空気を変えるような戦略PRなどのノウハウから、「使いたい!」と思わせるような仕掛けを考えなくてはならないのかもしれない。
「活用方法がわからない」という意見に対しては、やはり「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」の事例集をアップデートしていくことから始めないといけないと思う。
単純に事例数を増やしたり、先進的な活用事例をフューチャーしたり。
インフォグラフィックを導入したり、ページのデザイン性を高めたり、読みやすいようにすることも大事。
また、ソーシャルメディア全盛の時代なのだから、ページにストックした情報を一方的に見せるだけではもったいないように思う。
SNSを活用するなど、問題関心を同じくする人たちと双方向のコミュニケーションができたりする仕組みがあってもいい。
それから従来のカテゴライズの仕方ではなく、都市部、郊外、中山間地域といったように、地域の地理的な性格からの分類があっても、利用のイメージを持ちやすくなっていいかもしれない。
今後ますます人口減少は加速するのだから、廃校の増加は「想定内」と言える。
行政はそんな「想定内」の事態に対して、フレキシビルな対応ができずにいる今の状況は正直どうかと思うのだけど、「お役所仕事」と揶揄されるような規則偏重型のいわゆる官僚制のもとでしか動けないのであれば、「想定内」の事態に対する規則やルールづくりも早急に行う必要があるだろう。

学校はまちづくりや防災を考える時の基点となるよう、地域に配置されている。
廃校になったからと言って、即座に基点としての役割を失うことも考えにくい。
廃校のポテンシャルを発揮できるよう再利用ができると、“学校の孤独死”対策が人の孤独死対策にもなるだろうし、地域の人のQOLも高めてくれるはず。
観光資源や産業振興として、地域にプラスの影響を与えることもできるだろう。

学校だけでなく、空家や使われなくなった土地や建物、リタイヤした人材など、これからの社会に思いを馳せるとき、これまで社会がストックしてきた資産をいかに時代にあったカタチで活用できるかが重要な鍵になってくるように思う。
もちろん、規則やルール、利権や場所に対する愛着や誇りがそうした動きのハードルとなることもあるだろうけど、近年注目されているシェアやソーシャルな意識の高まりがそんなハードルを乗り越えるときブースターとして機能してくれるんじゃないかと期待している。



2013/05/08

観光から関係へ <後編>


<後編>では「観光から関係へ」シフトしていくとき、どんな役割が求められていくかについて考えてみたい。

これまで、「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」、瀬戸内国際芸術祭の「こえび隊」、家島の「島パッケージワークショップ」を例に、「観光から関係へ」という言葉について考えてきたけど、これらの事例から分かることは「人との関係が、土地との関係を生んでいく」ということなのかもしれない。
「家」「職場」の他に第三の居場所としてのサードプレイスが欲しいって人や、拠点を複数もつマルチハビテーションというライフスタイルに関心を寄せる人。
IターンやUターンをしようと思っている人たちが増加傾向にあるのも、「観光から関係へ」という価値観のシフトと無関係ではないように思う。
そしてこの価値観は、成熟した日本ではますます広まっていくような気がしている。

この変化は、現在、観光地として認識されていない地域にとってはチャンスかもしれない。
たとえ分かりやすい観光資源に恵まれておらず、メディアに取り上げられることがない地域であっても、関係の糸口さえ提供できれば、まちの「関係者」を増やすことができるから。
「関係者」は「観光客」と違い、その土地について気にかけてくれるし、何度も訪れてくれる。
もしかしたら、マルチハビテーションとして拠点のひとつに選んでくれたり、IUターン者として土地に根付いてくれるかもしれない。
着地型観光なんて言葉があるけど、人に訪ねて来てもらいたい地域の人たちが、都市部の人たちに向けて関係づくりを促進させるようなプログララムやアクティビティを提案していくことで、「関係者」を増やすことができるんじゃないかな。
それは地域をいかに「ブランディング」していくか、ということだと言い換えることができるかもしれない。
こうフレーミングしてみると、これからのまちづくりの発想というのは、プロスポーツクラブのブランディングや企業のブランディングが多少なりとも参考になることが分かる。
それらの研究は、具体的な施策だけでなく、ソーシャルメディアの活用などに関しても、示唆に富んだものになるような気がする。

問題はいかにして、関係の糸口を提供するか。
アートプロジェクトというのもひとつだけど、これを実施するにはクリアしなくてはならない障壁も多い。
そんな大規模のものでなくても、もっと障壁の少ないやり方もある。
「場」を起点にプログラムを考えるのもそのひとつ。
図書館や美術館といった公共の施設は、かつては受動型施設だったけど、モノや作品を制作するワークショップを開催したり、運営に関わるボランティアを募ったりと、近頃は来場者が主体的に関わることができるプログラムが増えてきているし、Fablabなどの市民工房も人が集まる拠点としての機能は高い。
そうした「場」を中心に、人が「関係」をもてるプログラムを開発して、実施していくことで「場」や「土地」の関係者を増やしていくことができると思う。
そして、その拠点の概念を「場」から「まち」に広げていくことでまた別のプログラムに派生させていくことができる。
たとえば、田舎暮らしの「日常」は、都市部で生活する人にとっては「非日常」なのだから、都市部の人向けに「日常」を体験してもらえるプログラムを用意するのもいい。
最近、都市近郊で貸し農園が増えてきているけど、農業や漁業、林業なんかも充分プログラムになりえる。
ホテルや旅館がなくたって、民宿や民家で代用できる。
欧米ではベッドと朝食を提供するだけの低価格の宿泊施設としてBB(ベッド&ブレックファスト)というのがあるけど、お手軽に田舎らしさを味わえるという点で受け入れられるかもしれない。
COMMUNITY TRAVEL GUIDE」のように「人」を全面に押し出すのもいいんじゃないだろうか。
なんと言っても、人は資源に違いないから。
そして、そういう地域の人と知り合いになったり、友だちになるなど、「関係」を築くことが出来れば、その地域を気にかけたり、繰り返し訪ねてくれたりする可能性も高い。

単に観光資源を消費するのではなく、関係づくりを促進させるようなプログラムは日本各地で開発され、実施されてきていると思うけど、こうしたプログラムで重要な役割を果たすのがコーディネーター的な存在。
こえび隊であれば事務局の人やベテランこえび隊員がその役割を担い、家島の場合、それにあたるのは「いえしまコンシェルジュ」。
図書館の司書や美術館のキュレーター、Fablabのマスターもその役割を担っていると思う。
内輪感が高いところに人は入りたいとは思えないもの。
閉鎖性の高さは外の人をげんなりさせるには充分すぎる要因になる。
だから、そうならない、そうさせないためにも、状況を把握し、人あるいは場がより本領を発揮できるように空間を切り盛りしたり、コミュニティが築きやすいように誘導したり、そういうファシリテーションしていけるかどうかが、関係に重きを置く価値観の中では、鍵になる能力なんじゃないかな。

確かに中山間や離島は、成熟社会としての課題、人口減少や少子高齢化問題、産業構造の転換等に端を発する社会的な課題に、都市部よりも先行して直面している。
でも、その解決に向けた動きの中で必要となってくる能力や発想は、都市部から学ぶべきことが多いように思う。
ブランディングやマーケティング、広報に宣伝、それからファシリテーション。
企業や団体がこれまで積み重ねてきたグッドプラクティスは、中山間や離島のまちづくりにずいぶんと応用することができるはず。
都市部でそうした職種に携わっている人の中にも、自分のスキルをボランティアで発揮したいという人は最近増えてきているという。
そういったプロボノしたいという人とまちをマッチングする団体もあるし、そうしたクリエイティブな人材を巻き込んだり、引き寄せたりすることで、「観光地」にはなれなくても、「関係地」になれる可能性は充分あると思う。
「型破り」は「型」があるからできること、なんていう言葉を聞いたことがあるけど、都市部の「型」をフレーミングしなおすことで、中山間や離島でも応用が効くってことなんだと思う。
「観光から関係へ」、そのとき都市で蓄積されてきた消費を促す仕組みが参考になるというのは、なんだか興味深い。
「観光から関係へ」、そのときどんな人がどんなスキルを使って、どのようにまちを変えていくのか。
そのあたりに注目しながら、まちを眺めていると、これからのまちづくりのヒントが得られるかもしれない。

Fablab

観光から関係へ <中編>


<前編>では、地域と関係を持つことで観光とは違った地域の魅力を味わえるし、「観光から関係へ」とパラダイムシフトも起こりつつあるんじゃないかなっていうことを書いたけど、<中編>ではその具体例を挙げてみたいと思う。

まずは社会的な課題の解決を目指すissuedesignが昨年から始めているプロジェクト「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」という取り組み。
これは「名所めぐりから『名人めぐり』へ」というコンセプトのもと、人々との出会いを楽しむ旅行ガイドブックを制作するというプロジェクト。

COMMUNITY TRAVEL GUIDE」の説明としてissuedesignは「史跡・自然・宿・土産物等を見学・消費するだけでなく、地域の人との出会いや交流を楽しむ、新しい旅のスタイルを提案します」と言っているけど、言葉通り、このガイドブックでは地域の主役を「人」と捉えていて、本の中では数多くの地元民にスポットライトがあてられているという過去に類を見ない編集内容となっている。
ユニークな個性を持っている人、町のキーマン、おもしろい取り組みをしている人
どこへ行っても魅力的な人というのは必ずいる。
そういう人をピックップして紹介するこのガイドブックは、従来型のガイドブックが「観光のまなざし」を提供するものであるとすれば、「関係の糸口」を提供するものと言えるんじゃないかな。
これまでに『海士人』と『福井人』の2冊が刊行されており、好評を博しているみたい。
『福井人』の制作にあたっては、その資金調達にクラウドファンディングが用いられ、目標金額100万円のところ、達成金額はなんと170万円オーバー。
支援者は福井に住む人や出身者だけじゃなくて、この取り組みに共感した人も少なからずいるのだそう。
また「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」のシリーズ第3弾として、北は岩手県宮古市から南は宮城県石巻市までの三陸海岸を舞台に『三陸人』の制作が決まっている。
このシリーズの刊行によって、「地域の人との出会いや交流を楽しむ、新しい旅のスタイル」が増えてきているのかどうなのか、本当のところは分からないけど、クラウドファンディングの結果からも、次々とシリーズを重ねて行くことからも、この「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」が多くの人から共感と賛同を得ている企画だと言うことは分かる。
ここからも「観光」から「関係」へという価値観の転換が、これからの地域観光に可能性もたらすんじゃないかという思いにさせてくれる。

最近、全国各地でアートプロジェクトが興隆しているけど、そのほとんどがボランティアスタッフを募っているよね?
瀬戸内国際芸術祭なら「こえび隊」、越後妻有大地の芸術祭なら「こへび隊」、混浴温泉世界なら「ばんだいさん」というふうに。
それに参加する人の中には、純粋に「アートが好き」って人もいるだろうし、「リタイアして時間に余裕ができた」って人もいるだろうし、「地域を盛り上げたい」と思っている人など、参加する理由もモチベーションもいろいろだとは思うけど、「関係者」になりたいと思って参加する層も少なからずいる気がする。
規模が大きいそういったプロジェクトに参加することは、地域の「関係者」になる良いきかっけになるからね。

アートプロジェクトの規模にもよるけど、広域圏で開催されるもののボランティアには、開催地域の人だけでなく、遠方からの参加もあると聞く。
どの地域からどれだけの人がボランティアとして登録し、どれくらい活動したのか、そうしたデータは公表されていないので、詳しいことは分からないけれど。
たとえば瀬戸芸のこえび隊の場合、ホームページからの募集に加えて、広報と説明会も兼ねた「こえびミーティング」という交流イベントを開催して、そこでも募集活動を行っている。
開催場所は、瀬戸内の中枢都市である高松や岡山、アクセスのいい大阪、そして瀬戸内から少々距離のある東京。
こえび隊の活動は1日から参加できるし、無料で泊まれる「こえび寮」も用意されているので、遠方からの参加に対するバックアップの体制も整っていると言える。
なので、住んでいるところからは離れていても瀬戸芸に関わりたいって人にも参加しやすい。
そうしてボランティア活動に参加すれば、そこから「関係」が始まるってことも多いはず。
こえび隊として地域で活動するといことは、プロジェクトの「関係者」になるということだし、アーティストや事務局あるいは地域の人との「関係」が生まれるかもしれない。
ボランティア仲間との「関係」もできる。
また、こえび隊の一員として活動をすることで、土地に対する心理的距離も近まり、土地との「関係」も生まれる。

ここでは割愛するけど、地元民にとっても地元との「関係」を(再)構築するのに、こうした活動はもってこいのはず。
ともあれ、アートプロジェクトなどのボランティア活動に遠方からの参加もあるということからも、「観光」から「関係」への価値観の転換を感じるのだけどどうだろう。

姫路市の沖合にある家島でたびたび開催されている「島パッケージワークショップ」も、参加者に島との「関係」を持ってもらおうという想いが伺える内容のものとなっている。
家島はもともと採石業と近海漁業で栄えた豊かな島。
それが産業構造の転換や人口減少や少子高齢化を背景に、徐々に活力を失いつつあって
日本中の中山間地域や離島で問題になっているように、家島もその例に漏れず、課題が顕在化してきている。
以来、住民や役場、コミュニティデザイナーなどが家島の今後のまちづくりについて考えていく中から生まれたプログラムのひとつがこの「島パッケージワークショップ」。
このプログラムは、家島の特産品のパッケージデザインをプロの講師にレクチャーを受けながら、参加者が考えるというもの。
講師は回によって異なるんだけど、「まちづくりプランナー」や「カメラマン」、「グラフィックデザイナー」、「コラージュアーティスト」、「コピーライター」といった職種の人たちがこれまで講師として迎えられている。

プログラムの内容はと言うと、だいたいこんな感じ。
参加者たちが島に着くと、島の案内人「いえしまコンシェルジュ」が出迎えてくれ、ワークショップ会場に移動する道すがら、まずはみんなで島あるき。
実際に島の住民たちと触れ合ったり、島の史跡や生活を見て回る中から、歴史や文化、風習などを学んでいく。
お腹をすかした状態で会場につくと、今度は島のおばちゃんたちがお昼ご飯を用意して待っていてくれる。
メニューは近海で採れた魚介類を使った海鮮丼。
お昼をいただいた後、いよいよワークショップが始まる。
参加者たちは講師による講習会を受けてから、お昼までに五感を通じてインプットした島の情報をパッケージに落とし込んでいく作業を行っていく。
煮詰まれば、講師の先生にアドバイスを仰いだり、コンシェルジュや島の住民の方たちにヒアリングを行ったり。
そうしながらパッケージデザインを完成させていく。

以上のような流れで進められる「島パッケージワークショップ」。
日帰りの回もあれば、1泊する回もあるのだけど、少人数制のワークショップということもあり、島の人との距離が非常に近い。
気になったことはどんどん質問できるし、島を知り尽くしている住民の皆さんはどんな質問にも答えてくれる。
ワークショップを通じてコミュニケーションを重ねていくことによって、島から帰るときには、島のおばちゃんやコンシェルジュとすっかり友だちになっている参加者も多い。
ワークショッププログラムで家島の住民や生活に直に接して家島ファンになった人が、家島を再訪するなどの動きもあり、それほど観光資源に恵まれない家島であるのにもかかわらず、そのときにできた「関係」がきっかけとなり、家島との持続的な「関係」が生まれてきつつある。
この家島の例も、「観光から関係へ」のシフトを感じさせてくれる事例のひとつと言えると思う。

これまで「観光から関係へ」のシフトに関する具体的な事例をみてきたわけだけど、<後編>では「観光から関係へ」シフトしていくとき、どんな役割が求められていくかについて考えてみたい。

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