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2013/04/20

犬島時間


「沖縄時間」のように、その地域特有の時間感覚のことを「◯◯時間」というふうに表現することがあるけど、犬島時間はその類いのものではない。
犬島とは岡山市の沖合に浮かぶ島。
花崗岩を産出する島で、江戸城をはじめ、大坂城や岡山城といったお城の石垣などには犬島の石が使われたそうだ。
最盛期には4000人もの石工がこの島で働き、彼らによって切り出された石が全国に運ばれていったという。
当時は「築港千軒」と呼ばれ、大変に賑わっていたそうだけど、産業構造の転換や高齢化等の理由から徐々に元気を失っていった。
犬島時間はそんな犬島で開催されているアートプロジェクトのこと。
2004年からはじまり、今年で10回目を迎える。

瀬戸内海のアートプロジェクトとしては、現在開催中(春:320日〜421日、夏:720日〜91日、秋:105日〜114日)の「瀬戸内国際芸術祭」(以下、瀬戸芸)が有名だけど、瀬戸芸がはじめて開催されたのは2010年。
てことは、2004年から始まった犬島時間は瀬戸芸のずいぶん先輩になる。
今や日本各地でアートプロジェクトが開催されているけど、2004年という時期は全国的に見てもかなり先駆的な取り組みだったと言えるんじゃないだろうか。

ご存知のように、瀬戸芸の規模は大きい。
世界的に活躍するアーティストから若手アーティストまで数多くが参加し、会場となる島々は12を数える。
運営陣にもビッグネームが名を列ね、国の後押しも強く、補助金<文化庁芸術振興費補助金(地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ)>がおり、日本を代表する企業や四国の有名企業が協賛している。

一方の犬島時間はと言うと、個人の想いからはじまった、とても規模の小さなプロジェクト。
参加アーティストも数えられる程度だし、当然、会場は犬島のみ。
会期(427日〜55日)も短く、参加アーティストにも運営陣にも世界的ビッグネームは見当たらない。
でも、それこそが犬島時間の魅力なのかもしれないし、犬島時間の価値のように思える。

犬島時間を主宰するのは写真家、青地大輔さん。
犬島には100年前に10年だけ稼働していた精錬所(現在の「犬島精錬所美術館」)があり、そこには5本の煙突がある。
1999年、青地さんはその魅惑的なシルエットに吸い寄せられるようにして、はじめて犬島を訪れたそうだ。
以来、たびたび犬島を訪れるようになった青地さん。
はじめの半年は他のものには目もくれず、精錬所跡に直行していたそうだけど、次第に「かつての精錬所の姿が知りたい」と思うようになったのだとか。
それからというもの、精錬所のみならず、島への興味がますます深まることに。
2002年の犬島アートフェスティバルの際には、古民家を借りて個展を実施するなど、島民たちとコミュニケーションの機会が増えるにつれ、自然と「犬島のことをもっと知ってもらいたい」との想いが芽生えたそうだ。
その想いがきっかけとなり、2004年、犬島時間がスタートする。

「『人と人との繋がり』の中で、犬島のことをもっと知ってもらいたい、何かを感じてもらいたいと思い、『犬島をモデルとした過疎地における文化を媒体とするコミュニケーションの再構築』というテーマのもと、アートを通じて、コミュニケーションを図ることを目的としたプロジェクト」

犬島時間の根幹にはこうした想いがある。
そのため、島民とのコミュニケーションを重要視する犬島時間では、参加するアーティストたちは、犬島に足しげく通ったり、島に泊まりながら制作にあたるアーティスト・イン・レジデンスを基本に作業を進める。
島民とのコミュニケーションや自然との触れ合い。
そうした犬島との関わりから生まれたインスピレーションから作品が生まれてくる。
犬島との関わりから作品が生まれ、それが犬島の地で展示される。
どのアート作品も地域の協力なしには成立しない。

2010年に瀬戸芸が始まると、犬島もその会場となった。
注目されたのは、建築家の妹島和世さんが設計を担当し、キュレーターの長谷川祐子さんがアートディレクションを務めた犬島「家プロジェクト」。
妹島さんは西沢立衛さんとのユニットSANAAで建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞を受賞している世界的な建築家で、長谷川さんは21世紀美術館や東京都現代美術館で活躍する国内屈指のキュレーター。
そんな2人が中心となって進める犬島「家プロジェクト」は、長期間にわたり、島にアートを融合させることで風景の変容と活性化を目指すもの。
2010年の作品「F邸」「S邸」「I邸」「中の谷東屋」に、今年は「A邸」「C邸」が加わる。
そして今回、「F邸」において作品を発表するのは、彫刻家、名和晃平さん。
村上隆さんや奈良美智さんに続くアーティストとして日本のアートシーンを牽引する彼の新作が見られるとあって、注目度も高い。

世界的ビッグネームの作品が並ぶ犬島は、瀬戸芸の開催期間は宣伝しなくても、
世界中から注目を浴び、アートファンが集まってくる。

青地さんはどのようにこの状況を捉えているのだろうか。

10年の間には、犬島精錬美術館ができたり、瀬戸内芸術祭があったりと、犬島の状況も変わってきました。犬島時間の役目は、アートを通じて、犬島を知ってもらうことでしたが、その役目は終わったような気がしています。これからは、島の楽しみを伝える段階に来ているような気がします。例えば、島に泊まってごらんというように、こうすればもっと犬島が好きになる。楽しくなる方法を伝えることかもしれない」
―『せとうち暮らしvol.10』より

「知ってもらう」という第1のフェーズを終え、「楽しみを伝える」第2のフェーズに突入したという青地さん。
犬島時間は新たな役割をどう演じていくのか。
そして犬島は今後、どのように変化していくのか。
個人の想いからはじまったプロジェクトが、地域を巻き込み、人を動かし、地域に変化をもたらしていく。
犬島時間はマイプロジェクトのお手本みたいな事例だ。
人口減少や少子高齢化が著しい中山間や犬島のような離島のみならず、これからの“まち”に欠かせないのは、青地さんのような人なのかもしれない。