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2013/06/20

学校の孤独死


人口減少、低成長のこのご時世に増え続けている学校がある。
それが何だかご存知だろうか?
だいたい予想はつくとは思うけど、答えは廃校。
少子化による学生数の減少や市町村合併の影響がこうした状況を生み出していると言われている。
では、廃校はどれほど増えているのだろうか?
文部科学省では1992年から廃校に関する調査を実施しているのだけれど、この調査結果によれば、1992年から2011年の20年間で廃校となった数は6,834校にものぼるそうだ。
1992年から1999年頃までは年間廃校数は200前後で推移していたのが、2000年からは増加傾向が顕著になり、近年では年によってばらつきがあるものの、毎年400500以上もの学校が廃校となっている。

ここで気になるのは増え続ける廃校のその後。
学校はその性格上、ハードとしてのスペックはすごく高い。
だって、教育のためにあらゆることができるような仕様になっているから。
皆さん義務教育を受けてこられてきているわけだから説明も不要だとは思うけど、教室と一口に言ったって、ノーマルの教室のみならずスペシャルティを持った教室もいろいろあるし、グランウドやプールもある。
そんなわけで、廃校の活用には個人的には夢がある。

たとえばこんな活用の仕方はどうだろう。

ノーマルの教室をオフィスや店舗、それからギャラリー。
保育園や介護施設などといった福祉施設。
ゲストハウスなど、宿泊機能を持たせるのも良いかもしれない。
スペシャルティのある場所はその機能を引き継ぐ感じに
音楽室をライブハウスやクラブに。
美術室をアトリエに。
調理室をレストランに。
理科室をシアターに。
PC室をネットカフェに。
保健室をクリニックに。
グラウンドを農園に。
体育館をジムに。
図書館とプールはそのままでも十分使える。

たとえばの話ではあるけど、こうした使い方が実現できれば、異世代間のコミュニケーションも促進されるし、地域のコミュニティデザインに貢献できるんじゃないだろうか。
その結果として、地域が活性化されることにもなるかもしれないし、地域のイメージアップにもつながるはず。

でも実際のところ、学校のリノベーションには少なからず阻害要因があるようだ。
これまでにいくつか学校のリノベーションを手がけてこられている東京R不動産の馬場正尊さんが、著書『都市をリノベーションする』(NTT出版)でその阻害要因について語っている。

馬場さんが手がけられた東京都世田谷区の旧池尻中学校のリノベーションは、今でこそ「世田谷ものづくり学校/IDDIkejiri Institute of Design」として生まれ変わり、廃校利用の成功事例のひとつとして知られているけど、その時もプロジェクトを進めることは簡単ではなかったそうだ。
馬場さんは学校であれば仕事の合間に体育館やプールで運動ができる夢のようなワークスタイルが実現できると、中学校をシェアオフィスとして再生しようと提案したが、行政に「プールと体育館は使えません」と最初に釘をさされたそうだ。
行政の対応はこんな感じ。
「それは自治体の公債でつくられ、その償却期間が終わっていないので、他の機能には使用することができない」

納得のいかない馬場さんがくいさがっても「そういう決まりだから」の一点張りだったとか。
規則に縛られて用途変更を認めない行政のフレキシビリティのなさ。
辟易するしかないこうした「行政の体質」を馬場さんは第1の阻害要因として挙げている。

東京都世田谷区の旧今川中学校のリノベーションの際に直面したのは「卒業生の問題」だ。
これが第2の阻害要因。
この問題はどういうことかと言うと、母校に愛着と誇りを持つ卒業生たちのコンセンサスをとるのが非常に難しいということ。
「卒業生への断りもなく、勝手に知らない地域の若者が、理解できない目的で、あやしい使い方をするのは断じてならん」
といった感じで、卒業生たちが学校のリノベーション案をことごとく却下してくるのだとか。
伝統があり歴史のある学校ほど、卒業生に地域の実力者や社会的な地位が高くなっているような人も多いのでこうした傾向は強いのかもしれない。
旧今川中学校は神田駅すぐという好立地。
ここでカフェやシェアオフィスなどができれば、人の流れが変わり、同時に地域にもポジティブな変化をもたらせそうな気もするが、卒業生のコンセンサスが得られず、現在そこは地域住民がスポーツするためだけの施設となっているそうだ。
これじゃあ、地域の新陳代謝は期待できない。

馬場さんが挙げている最後の阻害要因は、行政の「市民の公平性」への過度な配慮だ。
「学校は公共建築であるがゆえに市民への開放や公平性を担保しなければならない」という意識が、行政にはどうしても働く。
旧池尻中学校(現「世田谷ものづくり学校/IDDIkejiri Institute of Design)」)の場合、「ある民間企業が一棟丸ごと借り上げてそれをサブリース(小分けにして又貸し)するという事業モデルになっている」そうだが、当初、行政は「公共財を単体の民間企業に預けてしまっていいのであろうか? そしていったいそれをいくらで、何年貸せばいいのか?」ということに関して、その基準設定に苦心したそうだ。
世田谷の場合、プロジェクト進行中にちょうど区長選があり、廃校再生を公約に掲げた区長が当選したこともあって、まさに「神風が吹いた」がごとく、プロジェクトが進んだそうだが、日本各地で地域や行政との意見調整ができず、廃校の活用が進まないという事態が多く起こっていると言う。
そしてそうした事態はポテンシャルの高い廃校(立地条件や耐久性、設備の充実度、広さなど。まあ要するに“良い物件”)ほど起こりやすいのだとか。

「学校のリノベーションの入り口に立っただけでもこれだけの阻害要因にぶつかる。それをすべて回避しようとすると、結局エッジが丸められた、中途半端で誰も幸せにならない施設になってしまう。学校リノベーションに取り組んだ瞬間に顕在化してきたこれらの諸問題。これをひとつひとつクリアしていかないことには本格的な学校のリノベーションは難しい」
馬場さんは哀しみを込めて語る。

これまで学校のリノベーションの難しさについて見てきたけど、その困難を乗り越え、廃校が活用されている事例も数多く蓄積されてきている。
先述のIDDもそうだし、京都国立マンガミュージアム(元・龍池小学校)や北野工房のまち(元・北野小学校)、アーツ千代田3331(元・練馬中学校)など全国的な知名度を獲得し、廃校活用のグッドプラクティスとして評価されているような事例もある。
最近では1993年に廃校となった元・立誠小学校(京都市)の活用事例(20134月末、元・立誠小学校が「最初の映画」であるとされるシネマトグラフが日本で初めて投影された「日本映画原点の地」ということにちなんで、「立誠・シネマ・プロジェクト」が始動された)がマスコミでも大きく報じられたりもしたし、近所の廃校が活用されている様子を実際に見たり、聞いたりしたことのある人もきっと多いはず。

文部科学省は、廃校の活用を推進したり、活用事例を紹介することを目的に「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」というものをスタートさせ、廃校活用のアイデアを蓄積していくような取り組みを行っている。
ページはインフォグラフィックなどが取り入れられているわけもなく、見にくく、読みにくいのだけれど、廃校に関する統計データや、事例集、廃校活用に利用できる補助制度など、廃校活用に関する様々な情報が集約されているので、関心がある人は見てみて損はないと思う。

冒頭で書いた、廃校数の変遷もここから取ってきたもの。
活用事例は、①オフィス・工場など②児童・高齢者などのための福祉施設③アート想像拠点などの文化施設④体験学習施設・宿泊施設など⑤大学・専門学校などの教育施設⑥特産品販売・描こう施設など、の6つのカテゴリー別にリンク集が作られている。
また「廃校施設の実態及び有効活用状況等調査研究委員会」が2003年に選定した「廃校リニューアル50選」というものも紹介されている。
この10年で状況は大きく変わっているので、もっと先進的な活用事例を選定しなおしてもよさそうなものだが、予算がないのか、時間がないのか、廃校を未来につなぐ気がないのか、やらない理由は不明だし、参考にする価値の低下はいなめないのだけれど

廃校の数に対して、ここのページに納められている事例は圧倒的に数が少ないし、事例としてもグッドプラクティスかどうか怪しく、馬場さんが危惧していたような「エッジが丸められた、中途半端で誰も幸せにならない施設」じゃないかと思えて仕方のない事例も多数含まれている。
やはり廃校利用はハードルが高いのかもしれない。
廃校は増加の一途をたどるし、それにリノベーションにも阻害要因が存在する。
事例を紹介したり、廃校活用に利用できる補助制度を整備したり、手続きの簡素化・弾力化などは行われたりするものの、それだけでは、なかなか「廃校をどうするか?」問題の解決ははかれない。
データもそのことを示唆している。

「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」のページ内に、「活用用途募集廃校施設等一覧(平成25531日)」というものがあるのだけど、ここには全国の活用予定のない149もの廃校がリストアップされている。
によれば、現存する廃校施設数4,222校のうち、「何らかの活用が図られているもの」は2,963校(70.2%)にとどまり、「現在活用が図られていないもの」は1,259校(29.8%)もあるそうだ。
そして、「現在活用が図られていないもの」で、「建物利用の予定有り」は259校(6.1%)に対して、「建物利用の予定無し」は1,000校(23.7%)にものぼる。
建物利用の予定がない理由として代表的なものは、「活用を検討しているものの地域等からの要望がない」が44.0%で、「活用方法がわからない」が12.8%だそうだ。

“学校の孤独死”とも言えるこうした事態に対して有効な手立てはないのだろうか。
「消費者ニーズの掘り起こし」ということはマーケティングの分野ではよくなされる話題だし、世の中の空気を変えるような戦略PRなどのノウハウから、「使いたい!」と思わせるような仕掛けを考えなくてはならないのかもしれない。
「活用方法がわからない」という意見に対しては、やはり「〜未来につなごう〜『みんなの廃校』プロジェクト」の事例集をアップデートしていくことから始めないといけないと思う。
単純に事例数を増やしたり、先進的な活用事例をフューチャーしたり。
インフォグラフィックを導入したり、ページのデザイン性を高めたり、読みやすいようにすることも大事。
また、ソーシャルメディア全盛の時代なのだから、ページにストックした情報を一方的に見せるだけではもったいないように思う。
SNSを活用するなど、問題関心を同じくする人たちと双方向のコミュニケーションができたりする仕組みがあってもいい。
それから従来のカテゴライズの仕方ではなく、都市部、郊外、中山間地域といったように、地域の地理的な性格からの分類があっても、利用のイメージを持ちやすくなっていいかもしれない。
今後ますます人口減少は加速するのだから、廃校の増加は「想定内」と言える。
行政はそんな「想定内」の事態に対して、フレキシビルな対応ができずにいる今の状況は正直どうかと思うのだけど、「お役所仕事」と揶揄されるような規則偏重型のいわゆる官僚制のもとでしか動けないのであれば、「想定内」の事態に対する規則やルールづくりも早急に行う必要があるだろう。

学校はまちづくりや防災を考える時の基点となるよう、地域に配置されている。
廃校になったからと言って、即座に基点としての役割を失うことも考えにくい。
廃校のポテンシャルを発揮できるよう再利用ができると、“学校の孤独死”対策が人の孤独死対策にもなるだろうし、地域の人のQOLも高めてくれるはず。
観光資源や産業振興として、地域にプラスの影響を与えることもできるだろう。

学校だけでなく、空家や使われなくなった土地や建物、リタイヤした人材など、これからの社会に思いを馳せるとき、これまで社会がストックしてきた資産をいかに時代にあったカタチで活用できるかが重要な鍵になってくるように思う。
もちろん、規則やルール、利権や場所に対する愛着や誇りがそうした動きのハードルとなることもあるだろうけど、近年注目されているシェアやソーシャルな意識の高まりがそんなハードルを乗り越えるときブースターとして機能してくれるんじゃないかと期待している。